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| 玉水屋さんの玉水ビルは栄のどまんなか(栄交差点北西角)にあります。三越前に立つと対角線の方向にメガネのマークの看板が見えます。本当に栄の一等地。両隣は片やティファニーのビル、片や観覧車のビルなのですから凄いですね。 |
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| 創業1751年(宝暦元年)、250年以上も代々続いている老舗です。 初めのころはメガネではなく袋物、、キセル入れだとか、紳士用の装身具を扱っていました。メガネが入るようになったのは明治の終わり頃だそうです。 |
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| お店のドアを開けると社長の津田節哉さんがニコニコお出迎えくださいました。
親しく歓談させていただいたのはいいのですが、つい話が横道にそれ、改めてお店のお話を伺うと「ホームページに詳しく紹介してあるから大丈夫」となんともおおらかなご返事です。 |
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| ということで、今回はその雑談から得たお話や、ホームページからの、あるいは以前常盤会報のために取材させていただいた時の情報など織り交ぜご紹介いたします。 |
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視力のスペシャリスト
津田さんは日本では数少ない米国オプトメトリストの資格を持つ視力の専門家です。留学先南カリフォルニア、オプトメトリーカレッジで、その資格を得まし
た。 その母校の100周年記念祭(2004年10月)では名誉ある功労者100人の中に選ばれ表彰もされています。
1975年にこのカレッジを卒業して帰国、以来、日本における眼鏡技術者への専門教育とその普及や専門技術のレベルアップに尽力し現在も第一線でとりくん
でいる姿勢が評価されたのです。 |
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田さんは具体的な活動として「認定眼鏡士」の制度を発案、1999年に会長を務める社団法人日本眼鏡技術者協会でこの制度を立ち上げました。これはメガネ
をつくるための勉強をきちんとした人に資格を与えようというもの。つまり「いいかげんな眼鏡屋とまじめな眼鏡屋を区別するために業界で自主的な資格を作っ
た」のだそうです。その活動についてはNHKの「オトナの試験」という番組でもとりあげられました。 |
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日本で最初のコンタクトレンズは玉水屋さんで誕生!
1951年、当時玉水屋さんに勤務していた田中恭一氏が米国将校夫人との出会いをきっかけに日本で初めての角膜コンタクトレンズを誕生させました。その
後、田中氏は(株)メニコンの創業者となり、現在はメニコン会長として活躍されています。これを記念した【日本で最初のコンタクトレンズ誕生の地】プレー
トが玉水屋さんに据えられています。 |
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ちょっと珍しい丸型快適眼鏡 大正ロマンスメガネはいかが?
老舗らしい、また昔懐かしい雰囲気をかもしだす丸型フレームを新発売。皆さんのご要望が多く実現したそうです。その名も「玉水屋眼鏡工房新型1号」
単なるデザイン復活だけではなく丸型の欠点であったレンズの回転による光学中心のずれを防いだり特殊形状鼻あての採用でズレ下がりを防いだり、素材にはチ
タンを使い軽量化を図るなど快適なかけごこちです。フレームは24000円からで、カラーは金銀黒茶の4色あります。 |
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メガネのことなら何でも
強度近視、不同視(左右の度数が違う)、斜視や弱視の方、スポーツ用のかたも、メガネのことでお困りの方は是非ご相談くださいとのことです。 |
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メガネを作っていただきました
せっかくそんな視力の専門家として名高い津田さんをお店にお尋ねしたのに、取材だけではもったいない。メガネを作っていただくという贅沢もついでに味わってきました。
贅沢なのに何と常盤会会員には2割引の特典があってとっても嬉しい。詳しくはウェブで。 |
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視力測定器で丁寧にはかっていただき、あとはフレーム選び、いろいろデザインも豊富で迷いに迷うのにも根気よくお付き合いいただきまして、また、レンズの色にも迷いましたがすべて無事に終わり、出来上がりは一週間後のお楽しみでした。遠近両用です。
皆さんもこんな贅沢いかがですか。 |
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津田節哉さん(S8)お仕事以外のご紹介
常盤会には副会長として長年ご尽力いただきました。今でもご意見番として貴重な存在です。趣味としては宝生流の能を習っていらっしゃいますが、カラオケで歌われる原語の「思い出のサンフランシスコ」や「慕情」などは素晴らしい。本当にお上手なんです。 |
| (文責:足立恵子 写真:池田利恵子) |
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