タウンぶらぶら歩き

 平成の元気印「名古屋」にあっても、ひときわカリスマ性を放つ町、東区白壁町。東京の白金「シロガネーゼ」に優るとも劣らない、今をときめく「シロカベーゼ」なる新語を生み出した街。そして、江戸時代からの尾張藩・武家屋敷の名残を留める街並み。

 1000坪の敷地と創業80年の伝統を誇る老舗料亭「か茂免」は、この一画にあって、とりわけ瀟洒な佇まいを見せている。格式を重んじる名古屋人なら、 一度ならずとも「人生の節目ふしめの行事を『か茂免』さんで迎えました。」「ここでお見合いしたわ。」という経験をお持ちだろう。

 昼会席を堪能した客人たちが帰った後の、水を打った玉砂利を踏みしめて、掃き清められた「か茂免」の玄関前に立つ。日常から非日常へ・・・異次元の空間 への誘いの瞬間だ。磨かれた靴脱ぎ石から足のせ台に進もうとしたその時、こちらの緊張感をほぐすように、穏やかな笑顔の「か茂免」の2代目当主・船橋ゆう こうさんに迎えいれられた。
先代の創業時、流行っていた童謡「かもめの水兵さん」が店名の由来に。 「か茂免」2代目当主
船橋ゆうこう さん
S12
大正初期の建築。京都の紙問屋中井巳次郎氏の名古屋別邸だった。
  この自然体の笑顔のとおり、船橋さんには、意外にも、伝統を守るという特別な意識はない。「『毎日の積み重ね』『同じことの繰り返し』を、120%するこ とが大切なんです。『当たり前のこと』が、最も難しい。朝の掃除後、お席の始まる前には、また新たなゴミがみつかることも・・・白熱灯が消えてしまってい ることも・・・『当たり前のこと』にもミスはある。だからこそ、気をつけます。そうすれば、毎日が、新鮮になり、あらゆるものがピカピカに輝きま す・・・」

 こともなげに、バリトンの説得力のある声で、さらりと仰るが、相手は1,000坪の敷地、400坪の建坪、250坪の和室、毎年とり替えるという300 枚の畳なのである。「当たり前」と呼べない「当たり前」を120%の「おもてなしの心」で、しつらえ提供する。その精神こそが、先代の船橋秀一氏から受け 継がれた料亭「か茂免」の真髄であり、私たちが、まぎれもなく「伝統」と呼んで敬愛するものである。

どの座敷からも見渡せる庭園を囲み、旧館・新館・別館を屋根のある渡り廊下がつなぐ。その足元を流れる池のさざ波。つくばいに集う鳥の啼き声。樹木を渡る 風の音すら気づかせてくれる静寂。それは、しつらえられ、整えられた和の空間が与えてくれるものだ。磨き上げられた鴨居や敷居。すり足で歩む畳の感触。ふ すまや障子から射し込む陽射しと影の綾。私たち日本人のDNAを喚起し、大和魂を呼び覚ます料亭「か茂免」のおもてなしの心。船橋さんは、それを「日本の 伝統文化の集大成。総合芸術。」と呼ぶ。「数奇屋つくりの建物・日本庭園・表具・活け花・掛け軸や屏風の美術品・焼き物の工芸品・日本料理・・・(亭主と 女将は)すべてのプロデューサー。(料亭は)文化への一番近い海外旅行でしょう。」と表現された。
  男子部時代の船橋さんは、スキー部所属。愛知県選手権にも出場した猛者である。料亭を継ぐことへの戸惑いはなかったものの、南山大学卒業後、一年間の修業 を終え、「か茂免」に戻った時、父親の創ったお店には自分の出番がないと閉塞感を覚えたことも。しかし、40年前、名鉄メルサの地下街に出店した20坪の 和風レストランが、当時、画期的に売り上げを伸ばして、松坂屋、栄地下街、明治生命ビル、札幌へと次々、店舗を増やすことに。しかし、10数年前、郊外レ ストランの全盛期を迎えて、週末の集客が難しくなると、松坂屋を残して早めの撤収を決断する。

 私生活では、歌舞伎界・野球界・音楽界の著名人との交友関係も広い。多彩な顔と経験によって培われた感性で、「常に新しいアイデアを生み出すためのアン テナを張って進化していたい。」と語る船橋さん。アンテナの成果は、伝統の「か茂免」にも生かされており、今でこそ珍しくない掘りごたつのお座敷は30年 前から。高齢の方を配慮したテーブル椅子席は、名古屋初の試みだった。更に、料亭結婚式のノウハウは、東京白金の八芳園で4年間修業を積まれたご子息が8 年前に持ち帰り、今では年間80組の新婚さんを送り出す「か茂免」の新しい顔になっている。 。
他の客人と顔を会わせないための待合室。すべてのお座敷にお手洗いがあるのもそのための配慮。心憎い。 一日1組限定の披露宴では亭主自ら駐車場の整理も。「車を降りられた時からおもてなしが始まります。」 ガラス窓にはめ込まれたカモメ。磨き上げられたガラスで頭をぶつけないための心配り。
  一時は趣味が高じてのジャズクラブ経営もされたが、時代の流れを、取捨選択の的確な眼で見極めて、本来在るべき場所に舞い戻った「か茂免」の2代目当主 は、「伝統と進化」・「硬と柔」・「洋と和」・「動と静」・・・絶妙なバランス感覚で、女将の智恵さんと、両輪ならぬ双枚の翼で、軽やかに、しなやかに、 伝統の空を飛び続けている。
文・塩野崎、写真・尾関:
船橋さんの"当主直伝「料亭入門」の心得"


Q:料亭の玄関で、緊張すると仰る方が多いのですが・・・
A:玄関で靴を隅っこに脱いだり、向きを変えたりなさる必要はありません。靴脱ぎ石の上で靴を脱ぎ、足のせ台を使って堂々とあがってください。手すりもありますので安心です。

A:ドレスコードは?
Q:一応は改まったものを。男性ならジャケット着用がいいでしょう。GパンとTシャツでは、他の方と比べて居心地の悪い思いをなさるでしょうから。

Q:仲居さんへの心付けは?
A:全く必要ありません。

Q:会席料理をいただく時のマナーは?
A:☆主賓が手をつけてから、箸をつけ始める。
  ☆器に口紅がつかないように、あらかじめ押さえておく。
  ☆吸い物椀は、蓋を取った後、水滴がこぼれないように、
   ひっくり返して置き、食べ終わったら蓋を戻しておく。
   この時、蓋を裏返す必要はありません。
  ☆食べ終わった器は重ねない。
  ☆お造りのわさびは、醤油にとかず、刺身に直接つける。
   (刺身・わさびの双方の味を楽しむため。)
  ☆食べる速度は、まわりの人に合わせる。


さあ、これだけの心得で、もう料亭の達人です。敷居の高さを踏み越えて、格式の高さを楽しんでみませんか?      いざ、出陣!


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