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| 今回は、名古屋駅から徒歩5分と交通に大変便利な立地にあり、ビジネス、観光の拠点として人気のある国際観光ホテル整備法登録旅館、「つちやホテル」の社長、S19の土屋純二さんをお訪ねいたしました。 |
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そくお約束の時間に「つちやホテル」の玄関に足を踏み入れたとたん、社長の純二さんとご一緒に、奥様でいらっしゃる女将、三代目と称されるご子息様がおみ
えになりました。なんと、純二さんのご家族は南山ファミリーなのです。奥様はG14土屋寿美子さん、三代目土屋造(つくる)さんはご長男にあたりS48、
次男さんはJRAの獣医をしていらっしゃってS50の南山卒業生です。驚きです。さらに驚きなのは、この「つちやホテル」には南山卒業生が入り浸りの毎日
だということです。いったいどういうことでしょう?その話題は末尾にふれることにします。 |
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在の「つちやホテル」になるまでの歴史を尋ねてみました。昔、純二さんのおじいさまご夫妻が、現在のホテル付近でお好み焼き屋さんを営んでいらっしゃっ
て、そのお店をお父様が継がれたそうです。ちょうど駅裏では闇市が盛んだったころです。やがて純二さんのお父様はお店を営みながらも、ほとんどなにもない
名古屋駅の前にぽつんとあった旅館へ、大勢の人が次から次へとどんどん中に入っていくのを見て、「この商売はいける」と感じて30坪の土地に7部屋の商人
宿(いまのビジネス旅館)として「つちや旅館」を始めたのが、戦後間もない昭和25年3月でした。 |
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かし、見事にそのもくろみは外れてしまいます。当時はなぜか全くお客様が来てくれなかったそうです。苦しい中にもなんとか生活をつないできましたが、名古
屋駅の中の案内所に旅館名が記載された昭和35年あたりから少しずつ客足が増え、東京オリンピック、東海道新幹線の開業前にはそれにあわせるように活気が
あふれ、昭和42年頃には観光旅館として会席料理を提供するまでの宿となることができました。そして昭和45年の大阪万博の前あたりからはさらに盛況と
なったそうです。その結果、昭和50年に現在の「つちやホテル」としてこの建物を建築いたしました。 |
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二
代目として現在社長の純二さんが経営に携わる近年の歴史でも苦労話をお聞きいたしました。まずは順調の中で継いだところに突如襲うバブル経済の崩壊。この
とき危機感をつのらせた純二社長は、若貴兄弟による相撲ブームを取り込んだ「大相撲名古屋場所パック」や、ナゴヤドームオープンを逃さず「ナゴヤドーム観
戦パック」など、さまざまなパック商品の企画で乗り切ってこられたそうです。それらのパックは今も人気です。
また、その苦労からか、創作意欲旺盛なのが「つちやホテル」の特徴でもあります。たとえば尾張の旬の素材を使用した名古屋名物料理では、今では「名古屋め
し」といわれて東京へ進出しているくらいの名古屋の食文化ですが、もっと昔からいち早く名古屋のカラーを打ち出して、一口味噌カツやミニきしめん、伊勢エ
ビやひつまぶし、はたまた「ういろ」までついてくるような名古屋名物づくしの会席セットがあり、名古屋らしさをPRしていきたいと思う"たくましさ"を感
じずにはいられませんでした。
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| 中
でもおすすめなのは、「つちやホテル」しかない「つちや名物 陣中焼」です。その名前の由来は、天正三年(1575年)に織田信長が長篠の合戦にて鉄砲を
使い、武田軍に勝利したとき、その陣中で鶏やありあわせの野菜を瓦の上に味噌とともに置いて焼いて食したといわれる故事からきているそうです。この「陣中
焼」は、つちやホテルが独自に試行錯誤の上、8種類の隠し味を入れた秘伝の合わせ味噌を考案し、つちやホテルにしかない「地鶏の陣中焼」としてセットメ
ニューの中にございます。「つちやホテルに来たら地鶏の陣中焼」というように、名物料理としてお客様から長年にわたり愛され続けているそうです。 |
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さ
らには現在つちやホテルの広報も担当していらっしゃる三代目のご長男、造さんは、お料理のセットメニューの企画はもちろんのこと、いっそ名古屋弁で応対す
るホテルにしてみてはどうかなどと未来の抱負を語ってくださいました。なんと三代目造さんは、修行に入るのも難しい京都吉兆に見事面接に合格し、半年間修
行されたそうです。
さて、お話ののち、三代目造さんに実際にお部屋をご案内していただきました。
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● なぜか懐かしさがあふれ出す数寄屋造りの落ち着いた和室(レトロ感たっぷり)
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● 客室ごとにある手作りのサインプレート(純二さんは絵をお描きになるのです!)
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● 宴会場のふすまに描かれた大きな絵(実は純二さんは、ふすま絵までご自分で描かれます)
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● 必見! 女風呂にしかない、美濃焼風呂(遠赤外線効果が期待)
残念ながら、男性は見学時しか見ることができません。
2005年に開催された愛知万博の開催前に、テレビで美濃焼の風呂釜をつくったというニュースを見て、その場ですぐ電話して注文されたそうです。完成は愛知万博開催の前の年です。
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● さらにさらに!! 土屋純二さんの著書(本まで発刊しています!(驚)ペンネームは「平子 純」)
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余談として・・・
なぜだかわからないそうですが、「つちやホテル」には南山卒業生が集まる縁があるそうです。純二さんのご家族は言うまでもなく、支配人の方は純二さんの
南山の同級生、そして偶然、取材の当日に5階のお部屋で電気を修理している西区円噸寺の電気屋さんも南山卒業生、さらに、取材の私たちがおじゃましている
さなかに、なっ、なんと、「南山会」という南山同窓生の会の人たちが数人、横をすれ違い、純二社長に「いまの人たちみんな南山卒業生だよ」とお聞きしたと
きは本当に驚きました。まさにおっしゃるとおり、驚愕の「南山入り浸りホテル」なのです。タウンぶらぶらをお読みいただいている皆さんのうちどなたかは、
たぶんいつの日かご縁があることでしょう。
ぜひ一度、ホームページの「南山タウン」のページや、直接ホテルのホームページもご覧になり、「つちやホテル」をご活用されてはいかがでしょうか。
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| 取材担当 南山常盤会広報部 Web委員会 |
文責 西脇 正導
写真 尾関 和成
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