vol. 149 新美 康明(S23)「バベルの聖火台」 – Nanzan Tokiwakai Web
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2020年4月29日

vol. 149 新美 康明(S23)「バベルの聖火台」

 銀座がゴーストタウン化していた。

 博品館から京橋方面まで、ずーっと銀座通りを見渡しても、車が1~2台停車し、人も何人か歩いていただけだった。おそらくこんな景色は、銀座はじまって以来のことだろう。リーマンショックの時も夜の人通りは減っていたが、およそ40年も銀座に通っていて、こんな銀座を見るはめになるとは、予想だに…。いや、実は微かにはしていたのである。
 
 30代前半の編集者だった頃、私は「使い捨て考現学」(実業之日本社刊)なる本を執筆編集した。当時いろいろなものが使い捨て商品として巷にあふれており、中には戦後の日本経済復興の立役者にもなった時計やカメラまで使い捨てになっていた。それだけでなく動物や人間まで使い捨ての様相を呈してきていたのである。シーズンが終われば捨てられる猟犬、季節労働者などあらゆる使い捨て事象を洗い出して一冊にまとめたのである。すると反響が思いの他あって、新聞各紙、テレビでも紹介された。環境庁のシンポジウムや関連の講演まで呼ばれ、いつのまにか環境問題の研究家のようにもなっていた。
 ただ、それはあくまで市井の人としてなので、普段に研究三昧というわけにいかなかったが、かえってそれが幸いした。編集者、旅行作家、あるいは展覧会のプロデューサーとして、アトランダムにいろいろな場所に赴いたとき、常に環境問題へのコンタクトを心掛けることができたからである。産業革命で痛めつけた湖水あふれる自然。その再生を目指すナショナルトラスト運動を展開するイギリス市民、森林バイオマスで自然再生エネルギーを90%以上自給するオーストリア人、衣食住ほぼ昔のままの生活を維持するフィリピンの孤島カオハガンの首長(日本人)と島人、アイデンティティの喪失と経済の間で苦悩する極北の先住民イヌイットと白クマなど絶滅危惧種、ハワイをはじめとするポリネシア、東南アジア諸国のリゾート開発~ゴミ処理などの環境汚染、地球温暖化を危惧する人々などと、時に生活を共にし、直に接することができた。日本でも、版画で島おこしした佐渡版画村や下北半島の川内村、安曇野などで、今でいう「地域再生」に直接かかわってきた。それとともに北海道の東川町、ねぶた祭、白神山地・南三陸などで、担任する青学大生の研修もした。ただ、3年前、箱根に開館したドールハウスの美術館は、自前だけに地域の援助も滞り、草むしりから経営まで諸所苦労が絶えない。
 画商としても欧米、香港はじめ東南アジア諸国をめぐって、世界経済の裏事情も垣間見たが、そのこともリアルな世界の経済活動を俯瞰するのに役立った。
 
 こうした人生を振り返ってみると、自分でもよくもまあこれほど多岐にわたって、いろいろなことにかかわって来たと思うが、それで折々トータルして感じられたのが地球の環境問題の深刻化である。わが国だけでも、何十何百年に一度というような大災害が毎年のように頻発し、東北大震災級の大地震(南海トラフ地震)もいつ起きるかわからない。オーストラリアや北米の大森林火災、ブラジルの大規模森林伐採、地球温暖化による氷河の崩壊、世界中の海でのプラスチック(マイクロ)ゴミの拡散などなど。まして、とどまることを知らない地域紛争、宗教対立、所得格差による貧困、臓器移植の売買などなど。それらが、すぐ身近にせめたてられるように胸が締め付けられるように実感せられるようになったのである。
 そんな折も折、人類のスポーツの大祭典が行われるはずだった2020年が、コロナ感染症の世界的大流行の年にとってかわってしまった。これは偶然のできごとなのか? いや、ひょっとして必然だったか、まさにグローバル化社会の明と暗の象徴のように、である。
 
 そもそも感染症は、14世紀頃のペスト(黒死病)にはじまり、梅毒、チフス、マラリア、天然痘、ポリオ、コレラ、ペスト、などがある。近年では、エイズ、サーズ、マーズそしてコロナが多くの人を死に追いやった。いずれも病原体が人の体液に侵入し増殖、感染を起こし体内組織を破壊し感染者を死に至らしめるものだが、いずれも有史以前より民族間の接触、文化経済の交流によって広まってきたのである。
 近代18世紀半ば。イギリスで起きた第1次産業革命は、石炭資源と蒸気機関の発明により、国内のみならずヨーロッパ、そして世界の社会構造、及びライフスタイルに劇的な変化をもたらした。たとえば、新婚旅行は蒸気機関車ができ手軽に旅行ができるようになってからの慣習になったものである。第2次はその百年後、ドイツ、フランス、そしてアメリカでも革新が起こり、電気、石油、化学、鉄鋼の分野で大いに技術革新が進み、消費財の大量生産が可能になった。それが今日、コンピュータの出現により、ありとあらゆるものが、システムが、合理化、自動化、機械化され、人々は常にスピードと変化にさらされるようになったのである。その間、いったいどれだけの庶民が生活苦にあえぎ辛酸をなめたか、はかり知れない。
 それが3次産業革命だとすれば、第4次産業革命は、インターネット、ロボット、人工知能、自動運転、ナノテク、遺伝子組み換えなどの普及である。しかし、それで所得格差も世界的に極端に拡大。マネーゲームが横行しつつあるのが、今、私たちが受容しつつある現代の社会である。その第3~4次産業革命の間、世界的大戦は2度あり、世界各所、民族地域紛争はいまだに絶え間ない。
 そして、ありとあらゆる感染症も、そうした産業革命や戦争による社会構造・システム・文化・風俗などの大きな変革が起きるたび、大体30~40年ごと、それにまさに同調するように世界的に蔓延してきたわけである。
 地球も、一つの生命体であり器でもある。いくら開発しても高層化しても近代化しても、おのずと人類が生存するだけのキャパシティーがある。それが満杯になれば、もしくは独裁しようとすれば、生存するための分捕り合戦が必然的に起こるだろう。
 となれば、地球という大自然も、自らを崩壊の危機を避けるため、いわばやむなく人類を戦争や災害、そして感染症などで淘汰し調整せざるをえないかもしれないのである。
 
 欲望が欲望を生む資本主義社会。その功罪が今ほど問われている時代はないだろう。
オリンピック招致の際、首相が完全にコントロールしていると世界に明言した福島原発は、いまだに収束のめどさえ立ってない。誰も問わないが、それは日本が根拠もないのに世界に大嘘をついたことになる。経済性を優先する近頃のオリンピックの聖火台も、なんだかバベルの塔のように見えてきた。
 
 感染症の流行による経済活動の停止で、本当かどうか、ベニスの運河が驚くほど澄み、ガンジス川の水が飲めるほど綺麗になったという。つまり、大自然はこれほど痛めつけられてもいまだに復元力を有しているということかもしれない。
 未だ希望は残されているのだろうか? これから僅かな年月に如何にして自然と共生できるか?
 わたしはこれからその野道に分け入りたいと願っている。いわば里山暮らしである。
このことについて書き始めるときりがないので控えるが、話題にもなった「里山資本主義」は、わたしのめざすビジョンのひとつである。人類の未来の礎である。今日の利権だらけの非人道的衆愚政治へのアンチテーゼでもある。
 そこで地球再生の小さな心の苗を植え、たくさん育てることを皆さんと一緒にチャレンジできれば、何より幸いである。
 
                                S23 新美康明
                                2020年4月26日
 
プロフィール
新美 康明さん(S23)
 (株)ピエロタ、牧神画廊、ピッコリーノ保育園代表
 箱根ドールハウス美術館館長
 青山学院大学総合文化政策学部講師

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