vol.157 野村 又三郎(信行)(S42)「コロナ禍と共に・・・」 – Nanzan Tokiwakai Web
  1. HOME >
  2. メルマガコラム

メルマガコラムMail Magazine Column

過去に配信した「常盤会WEBメルマガ」の記事を掲載しています。

2021年1月31日

vol.157 野村 又三郎(信行)(S42)「コロナ禍と共に・・・」

公益社団法人能楽協会理事/重要無形文化財総合指定保持者・野村又三郎
野 村 信 行(S42)
 
 
 年末年始の新型コロナウイルスの感染者数の増加に歯止めが利かない状況に不安が募るばかりで、心から「謹賀新年」と明るい気持ちになれず、年賀状の発送を控えて寒中見舞に差し替えた為、喪中のような新年のスタートとなりましたが、常盤会Webより「コロナ禍にあっても、メルマガ新春号らしい、少しでも華やぎの感じられる芸能分野からのご寄稿を!」との依頼を受けましたので、僭越ながら自身に関連する話題を報告させて頂きます。
 
 国や地方自治体により、条件を満たした人や団体に対して支給される給付金の申請が大きく取沙汰されましたが、その他に我々のような舞台芸術や美術といった文化系の仕事に携わる者に対する救援措置として、愛知県から公募による〈高齢者元気支援事業〉と、南山大学名誉教授・安田文吉氏監修による〈愛知県伝統文化緊急支援事業〉という公的事業が相次いで発表され、御縁を得てこの2件の動画制作委託業務を同時に担当する事になりました。
 とは言え行政主導の事なので、年末年始の配信開始で年度内に一連の事業を完結させるのが大前提の為、編集の時間を考慮すると11月中に収録を終えねばならず、10~11月は元々依頼を受け中止にならなかった公演と、春に予定されていて延期開催になった公演の合間を縫っての準備と稽古で、本当に怒涛の2ヶ月でした。
 前者の動画の企画趣旨は「居宅・施設等で実施可能な高齢者の健康維持等に役立つ文化・芸術活動動画」というもので、今までにも講座や体験教室の講師の経験と実績があり、ある程度の心積もりは出来ていたものの、非対面で画面を通しての実技指導は動きが左右逆になってしまう点、対象が高齢者の為、頗る元気な方・足腰の弱られた方・視聴しか出来ない方、この全てに対応した内容にしなければならない点等、想定以上の課題の対処に焦りも感じつつ、質の高い制作スタッフに恵まれ、【狂言体操】という形での約16分間の作品に仕上がり、全7編の第一弾として12月下旬に高齢者施設での実施が開始しました。
 なお、実施初日の様子は12月24日付の中日新聞朝刊市民版で紹介して頂きましたが、参加者からは「楽しかった/みんなで体を動かせていい」、施設職員からは「上達するのを実感できる内容。職員は動画を利用している時間を別の支援や準備に充てられるので助かる」という今回の企画趣旨に則した感想を頂き、大変嬉しく思っています。
 後者の動画は「公演中止など活動の機会が減少している伝統文化団体の活動を支援する」を目的とした事業で、【伎芸精髄(ぎげいせいずい) あいちのエスプリ】という題で1~3月に計3回以上、5つの分野による各30分の番組として愛知県下14社のケーブルテレビで放送される予定です。
 内容は〈古典作品〉と新しい形での〈チャレンジ作品〉の2編に、メイキングを加えた構成となっていますが、当然30分では舞台実演の全てを収める事は出来ない為、全編の観賞は1月10日より特設WEBサイトで視聴可能です。
 この事業の目玉は当然〈チャレンジ作品〉ですが、私自身は所謂〝他分野とのコラボレーション〟ではなく、あくまでも「換骨奪胎した現代版狂言」を書き下ろし初演として発表したいと考え、愛知・名古屋から全国・世界に発信する作品としての位置付けを強く意識した作品を心掛け、鎌倉時代の僧侶・無住一円が、東区矢田川の畔に現存する、臨済宗・長母寺(ちょうぼじ)で編纂した〈沙石集(しゃせきしゅう)〉という仏教説話集の一つ【児(ちご)ノ飴(あめ)クヒタル事】を典拠とした狂言【不須(ぶす)(附子)】を題材とし、敢えて古典を倅と一門の者の息子という若手二人に務めさせ、その二人の父親が古典を翻案したチャレンジ狂言【Booby(ブービー)】を務める事により、作品の進化や芸の伝承・継承というものを明確に表現すべく、演出してみました。
 しかし「対象は若年層から高齢者、初心者から愛好家まで幅広く楽しめる」「特定の事件・事故・問題を想起させない」「固有名詞を用いない」といった、行政主導らしい諸条件が課せられていた為思い通りにならず、1ヶ月悩んだ末、稽古や衣裳・小道具の製作を考慮した日程の限界で、最後の3日は文字通り不要不急…あ、いや不眠不休で台本を書き上げました。
 正に〝産みの苦しみ〟を痛感した3日間でしたが、新しい作品ではウケを狙った姑息な科白や演技に陥りがちですが、21世紀・令和の世に当家400年に亘る先祖が、無駄を省き、研ぎ澄ましてきた古典作品の形成の経緯・過程・歴史を改めて見つめ直す機会を得、45年間歩んできた斯道に〝新しい伝統〟で臨むという、醍醐味と一種の優越にも似た幸福感を味わえたのは、少し語弊はあるものの「コロナ禍のおかげ」とも言えるかも知れません。
 
 未だコロナ禍の終息は不透明で不安は尽きませんが、古人曰く「禍い転じて福と為す」となるよう、伝統と現代の調和・共存と発展に努めていきたいと思っています。
 
※愛知県の2事業の詳細については、是非「愛知県 狂言体操」「愛知県 伎芸精髄」で検索下さい!

メルマガコラム一覧