vol.155 鶴澤 慎治(佐藤 慎一)(S37) 「エールの形」 – Nanzan Tokiwakai Web
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2020年11月29日

vol.155 鶴澤 慎治(佐藤 慎一)(S37) 「エールの形」

エールの形
 
▼書き出し早々何ですが、限りある命を生きる人間への最終的なエールは「いつかは死ぬということを受け容れた上で今を目一杯生きる」ではないかと常々思っております。このコラム、書いてからさほど時間をおかず配信されるだろうと思いますが、刻一刻と変わるコロナ感染状況の中、自分自身含め、明日はどうなっているかも分からない中、絶対間違いないのは「人間はいつかは死ぬ、致死率100%の生き物」ということです。
 
▼ですが、先般、常盤会HP(注:常盤会web「同窓生ニュース」2020年6月17日掲載)でご紹介にあずかりました、東京都の芸術・芸能家支援事業「アートにエールを!」にて採択された、私が企画・作成した動画『ペンキ屋宇佐見』について、自分が寄稿した文章を今読み返してみると、自分はその実、何も理解していなかったことを思い知らされます。
 
▼「頑張ろう」「意味がある」といった言葉は、それらに対して圧倒的に「不可」「否」の状況にある人にとっては苦痛でしかない、ということを思い知ったのは、今年7月、自粛期間を経てようやく頂いた仕事(オンライン歌舞伎)の打ち合わせの前日に、突然の発熱で参加を見送った時のことでした。当時小劇場でのクラスター発生がニュースになっていました。
 
▼結果的に発熱は1日で治まり、前後2週間で接触した人の誰にも体調異常はありませんでしたが、「どんなに気をつけていても熱が出たらおしまい」という想いからか、夏の暑さも手伝って、以降一日寝て過ごすような日が多くなり、これがいわゆるコロナ鬱か、と実感した次第です。
 
▼コロナ自粛の当初から、自分の生活をチェーホフの短編『賭け』になぞらえて俯瞰しておりまして、最初の数ヶ月は、まさに法律家がそうしていたような、お家時間を如何に充実させるか、みたいな生活でしたが、上述のようなことがあって以降、何事も満足に手に付かないような状態で過ごしていました。
 
▼10月以降、舞台の仕事にも復帰できましたが、半年間の間に薄くなった感覚や勘を取り戻すのにも(私の場合)時間がかかりますし、「どうせまた(熱が出たりしたら)…」というような虚無感とでもいいましょうか、まあ、免疫力が下がりそうな景気の悪い話で申し訳ないです(笑)
 
▼「頑張れ!」とか「プラス思考で」といった言葉や叱咤激励が、カンフル剤として効く場合はそれでいいのですが、それは結局、自分(又は相手)の「今」「ありのまま」を否定することになって逆効果になる場合があることも今回改めて実感しました。
 
▼2020年10月の全国の自殺者数が前年比で4割近く増えたというニュースがありましたが、同時に、1~6月は昨年同月比で減少していたのが7月に増加に転じた、とも報じていました。コロナから身を守ろう、命を守ろうとステイホームにいそしんでいたのが、緊急事態宣言が解除され、ぼちぼち社会が動き出したら、(少なくとも数字だけ見れば)自殺する人が増えた、ということになります(東日本大震災の際にも同様の現象があったそうです)
 
▼これは、生命の具体的な危険が差し迫っているときには消えていた「自分=悩み苦しむ私」を省みる余裕が出てきたときに現れてきて苦しくなった、ということではないでしょうか(だからといって、常に生命の危険に身をさらせば悩み苦しむことはない、という極論を推奨する立場ではありません、念のため)
 
▼そうした方々に届く言葉はなんだったのかな、と思うとき、これは即ち自分のこの半年間の状態と重なる部分もあるので(困窮や苦悩の程度・形が人それぞれなのはよく承知しています)あえて言わせて頂きますと、やはり一番の問題はプライドとか見栄、そこまでいかなくても、今現在の自分と、よかったときの自分とのギャップ、それらを「比較する」ことから生まれる苦悩ではないかと愚考します。
 
▼正岡子規の言葉「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた」
 
▼空前の大ヒットを続けている漫画・アニメ『鬼滅の刃』。様々な方がその魅力について語っていらっしゃいますが、私自身は、人間である時に経験した悲惨な出来事や、生や技芸への執着が元で、首を斬られるか太陽光に当たらない限り死ぬことのない身になった鬼達に対して、限りあるいのちを目一杯生きる主人公達(と、そのことを今際の際に思い出す鬼達)の姿で「それを分かち合える人と一緒に今を精一杯生きる真の充実感」を追体験できる所がそれなのではないか、と思っています。
 
▼日本酒の銘柄にもなっている禅語「而今(じこん)」過去は変えられず、未来のことは分からない。だから、ありのままの今の姿で今を生きる。できることなら、生き生きと、目一杯、喜びながら。
 
▼そんなこんなで現在は、チェーホフ自身が削除してしまった『賭け』の続き~賞金を拒否して行方をくらました法律家が、書物で読んだのと違い人生は魅力的だった、生きるためにやはりその金が必要だと言って戻ってくるという件~を「一回りして帰ってくれば、本当に必要なものは、今の自分が自分らしく生きるために必要なだけのお金といのち」と理解しています。
 
▼最後に「伊賀越道中双六」沼津というお芝居の中で、重兵衛から、雨が降りそうだけど大丈夫か、と尋ねられた平作が答えた言葉「降るまではうけあいます」をご紹介してコラムの終わりとさせて頂きます。
降らない内は大丈夫。
生きてる内は大丈夫。
 
 
佐藤慎一(S37)
 早稲田大学入学と同時に箏・三絃を始める
 NHK邦楽育成会を経て国立劇場歌舞伎竹本研修を修了
 鶴澤慎治の芸名で歌舞伎の舞台での演奏や作曲を手がける

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