vol.171 伊東 知子(G48)「スポーツエクササイズ医学をご存じですか?」 – Nanzan Tokiwakai Web
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2022年6月26日

vol.171 伊東 知子(G48)「スポーツエクササイズ医学をご存じですか?」

私は2001年に南山女子部を卒業し、現在医師14年目です。子供の頃から運動が好きで、大学時代を過ごした北海道では夏はゴルフ、冬はスノーボードを満喫し、今も続けています。学生時代からスポーツに関わる仕事がしたいと思い続け、現在スポーツ医学を得意領域としています。2019-2020年には英国のUniversity College LondonでMSc Sports Medicine, Exercise and Health(スポーツエクササイズ医学)の修士も取得しました。
 
 スポーツ医学と聞くと、エリートアスリートのけがを治す為のもので自分とは余り関係ないと思われるかもしれません。しかし留学先、英国でのスポーツ医学は意外に対象が広く、一般の方にも役に立つのでご紹介したいと思います。
 
スポーツエクササイズ医学とは
 
 日本では「スポーツ医学」という言葉の方が馴染みがありますが、イギリスではSport and Exercise Medicine(以降SEM)と言い「エクササイズ」という言葉が入ります。
スポーツ競技に限らず「健康のための運動」も含むからです。「エクササイズで健康 に!」ということで、大学院のコース名にも「Health 健康」が含まれています。
SEMの中身は非常に幅広く、アスリートを対象にする分野と一般の方を対象にする分野がありますが、今回は後者について書きます。
 
運動によるけがの原因
 
 運動中に発生する「けが」は衝突のような事故によるもの以外は、使いすぎや体を正しく使えていないことによるものが多く、手術を要するけがは多くありません。けがの原因になった変な姿勢や体の動かし方を見つけ、リハビリでけがの場所もケアしながら、正しい体の使い方を身に付けることが大切です。これはエリートアスリートだけでなく、一般の方にも当てはまります。
運動して腰や膝が痛くなるのは、痛い場所以外の働きがイマイチであり、痛くなった腰や膝に過剰な負荷がかかっているためです。留学先でこの事実を学んだ今は、無意識に行っている間違った体の使い方を直すことが、多くの人に役に立つのではないかと私は思います。
 
運動と健康
 
 ご存知のように運動は生活習慣病だけでなくメンタルヘルスやがん、転倒骨折予防にも効果があります。持病を持っていても、医療者に相談し適切に運動をすれば、運動がその病気に対してよい効果をもたらすこともあります。病気でなくても、子供の発達や妊婦の健康にも良い効果があり、運動が勧められています。
 
 運動で人々が健康になるとその人達の生活の質が上がるだけでなく、国として医療費も削減できます。そのため英国政府も力を入れていました。
 
人々を運動で健康にするためには
 
 理解していてもなかなか行動に移せないのが生活習慣改善ですよね。それはどこの国でも同じようです。医師と患者との1対1での会話で運動を勧めることはもちろん大切なことですが、実は運動で人々を健康にするには診察室内での診療だけでは不十分で、運動をしやすい、運動を続けられる環境整備も必要です。そのためには医療とそれ以外のヘルスケア事業との提携が必要だと考えます。
 
医療の枠を超えたプロジェクト
 
 診療室外での運動プログラムをいかに構築するかをご説明します。大学院での課題の一つに、実際に運営可能な運動プログラムを作るというものがありました。ここでは喘息を例に挙げます。まず、その国(もしくは地域)での喘息の患者数、喘息患者に使う医療費の概算を調べます。多くの人がかかる病気や医療費がかかっている病気ほど、改善する意味が大きくなりますね。
 
 そして、なぜ運動が喘息の管理に効果的か、安全に行うための運動前のチェック事項、具体的な運動のメニュー等を論文やデータを元に作り、それによってどのくらい「緊急を含む受診が減る+患者の症状が改善する+医療費が削減できる」かの見込みを出します。
 
 運動は継続しないと意味がないので、忘れがちですが大事なのは「患者に飽きずに運動を続けてもらう工夫」です。例えば、アプリに運動の記録を残し、「ここまで続けられた!」という達成感を感じてもらう、定期的に呼吸機能を測定して改善を実感してもらう、同じ喘息で悩みを抱える人同士で話ができるグループや機会を提供するなどが私達の考えたものです。ポケモンGOのように、エクササイズするごとにキャラクターが
手に入るようなゲーム感覚のアプリもいいかと思います。この工夫は医学知識というよりアイディア勝負ですね。
 
 喘息患者の運動は薬などによる良好な症状のコントロールが前提なので、医療者の判断なしでは危険です。だからといって全く運動せずにじっとしているのとは違います。「適切な管理下で運動すること」が大切です。例えば喘息の特徴的なエクササイズは呼吸法の練習で、これによって効率的な換気ができ、かつ苦しくなった時に気持ちを落ち着かせる効果もあります。
 
 このSEMのコースには理学療法士やスポーツアナリストなど多彩なクラスメイトがおり、医者だけでは出てこないアイデアが出たり、職種を越えて取り組むことで提供できるサービスの幅もぐんと広がることが分かりました。多職種共働の良さを知り非常に学びの多いシミュレーションでした。残念ながら今の日本には多職種でフラットに意見を交わす場面は少ないと思います。
 
 繰り返しになりますが、「運動が体にいいことを知っている」から「人を動かして運動させる」ところまでしないと人は健康になりません。このプロセスは現実的で複雑な要素を含みます。理想世界での議論ではなく、実際に起きている問題に向き合い、職業の枠を越えて解決を目指さないと成功は難しいと思います。しかし、これが今後私達のやっていくヘルスケアの形かなと考えています。
 
 以上、SEMの一部をご紹介しました。今後も学んできたことを診療に活かしつつ、院外でも多くの人にSEMを知ってもらう活動をしていきたいと思います。このコラムでも今後さらに踏み込んだ話題が提供できれば幸いです。
 
 エクササイズに関し、使える情報をnoteで定期発信していますのでぜひ御覧ください。
「Doctor Tのスポーツエクササイズ医学」https://note.com/sports_doctor_t
 
 
プロフィール
 2001年 南山高校女子部卒業
 2008年 北海道大学医学部卒業
 家庭医として名古屋市、静岡県、滋賀県の診療所で診療や後進の指導にあたる。
 2020年英国University College London 修士課程修了. MSc Sports Medicine,
  Exercise and Health, UCL, UK
 現在 豊田地域医療センター(藤田医科大学総合診療研修プログラム)、
 大里クリニック勤務

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