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2024年1月21日

vol.187 カトリック東京大司教区第9代 菊地 功 大司教(S29)希望が支える「人間の尊厳」

 「人間の尊厳のために」という言葉を、南山という学校で学んでいる間、幾たび耳にしたのか分かりません。53年前に南山中学に入学して初めてこの言葉に触れたとき、この大げさに響く「人間の尊厳」というのは、一体何のことかと不思議に思ったことだけを記憶しています。しかし、繰り返しその言葉を耳にしたことで、人間は人間であるだけで尊厳があり、その尊厳を守るために自分は全力を尽くさなくてはならないというキリスト教精神の根本を心に刻むことができたように思います。
 
 現在わたしは、カトリック東京教区の大司教や日本のカトリック司教協議会の会長を務める傍ら、ローマ教皇庁の管轄下にある国際的NGO組織である国際カリタスの総裁を務めています。東京に本部を置くカリタスジャパンもその一員となっていますが、世界で160を越える各地域のカリタス組織を束ねる連盟であり、民間人道支援団体としては国際赤十字に次ぐ世界第二の規模を持つといわれています。
 
 わたし自身のこのカリタスという団体との関わりは、1995年にまで遡ります。カトリック教会の司祭として、ちょうど8年間にわたるアフリカのガーナでの宣教師生活を終え、日本に帰国したばかりでした。前年には同じアフリカのルワンダにおいて歴史に残る虐殺事件が発生し、これに関連して大量の難民が生み出されました。当時、ザイール(現コンゴ)やタンザニアなどの周辺国は、200万人を超える難民であふれかえっていました。その一つ、ザイールのブカブという町の郊外にあった難民キャンプで、わたしはカリタスジャパンの要請を受けて、3月から5月までの3ヶ月間をボランティアとして過ごすことになりました。これがわたしのカリタス体験の始まりです。
 
 キャンプ滞在中の一番の記憶は、その年の4月初めに発生した武装集団によるキャンプ襲撃事件に遭遇したことで、目の前で30名を超える難民が射殺され、200名近い人が負傷するという2時間にわたる惨劇でした。この経験のためなのか、いまでも夏などに花火の連続する打ち上げ音を耳にすると、その瞬間、身がすくみます。
 
 同じ年の8月、二度目にブカブを訪問した時のことです。訪ねたあるキャンプで、難民のリーダーに、いま一番必要なものは何かを尋ねたことがあります。もちろん、衣食住に医療や子どもの教育など、足りないものだらけの難民キャンプです。何でも必要だったに違いありません。しかし、そういった具体的な不足について、彼は一言も言及されませんでした。そのときリーダーはわたしの目をしっかりと見つめながら、ただ、「わたしたちは、もう、世界から忘れられた」とだけ言われました。悲しみに満ちた目でした。
 
 この同じ言葉を、それから幾たび耳にしたことか分かりません。難民キャンプで、紛争の地で、貧困にあえぐ街角で、災害の復興の地で。「わたしたちは、もう、世界から忘れられた」。そう語る人の目は、希望を失った悲しみに満ちあふれていました。
 生きる希望を奪われるとき、人間の尊厳は深く傷つきます。人間の尊厳を守るためには、生きる希望が必要です。そのために互いに助け合うことが不可欠なのです。
 
 旧約聖書の最初にある創世記には、天地創造の物語が記されています。そこには、完全な存在である神が、ご自分の似姿として人間を創造されたと記されており、そこに人間の尊厳の根源があるとされています。この天地創造の物語には続きがあり、創世記には第二の物語が記されています。そこには、神が人間を創造した目的が、「互いに助けるもの」となることであると明記されています。すなわち、わたしたちが語る人間の尊厳は、互いに助けるもの、相互支援によって実現します。そして相互支援は、物質的な援助だけではなく、生きる希望を生み出す人間関係の構築によって初めて実現します。
 
 2024年は大きな災害で幕を開けました。能登半島を始め、被害を受けられた方々のために祈りを捧げます。厳しい幕開けとなったこの一年、「人間の尊厳のために」を心に刻んだわたしたちは、互いに助け合うものとなり、互いに支え合う関係の中で、生きる希望を生み出す存在であり続けたいと思います。
 
 
<プロフィール>
菊地 功(Tarcisio Isao Kikuchi, S.V.D.)
カトリック東京大司教区大司教
日本カトリック司教協議会会長/国際カリタス総裁
 
1986年 カトリック司祭(神言修道会)に叙階
2004年 カトリック新潟教区司教に任命・司教叙階
2017年 教皇フランシスコより9代目の東京大司教に任命・着座
2022年 日本カトリック司教協議会会長に就任
2023年 国際カリタス総裁に選出・就任
 
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