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2007年10月18日

vol. 24 野村 小三郎(S42)「教授」と「享受」の間で

 私事で誠に恐縮ながら、平成16年の年末に師父・十二世野村又三郎と私と、私の長男・信朗(当時満3歳)の初舞台を、念願の親子三代で務めさせて頂いて以降、父の斯道八十周年、私の斯道三十周年、息子の初シテ(=初主演)披露、年一回主催する狂言会【やるまい会】の第五十回記念公演と、当家ではここ数年慶事や節目が続いており、傍目から見ると自慢のように受け取られたり、華やかなように見受けられることが多いのですが、マスコミに取り上げられている極一部のメジャーな役者とは違い、家内性手工業の域を脱さない我々のような地方役者の楽屋裏はヒッチャカメッチャカで、最近やっと落ち着いてきたかなぁ…といったところが実情です。とはいえ、慶事や節目の公演を大過無く終えられたというのは、偏に御支援・御後援下さる皆様方の御厚情の賜物であるのは勿論のこと、代々の先祖の加護のお陰と思うと、大変身の引き締まる思いで一杯で、近年物騒且つ悲惨な事件が頻発している中で、父子三代に亘って一つの事に従事出来るというのは、この上ない幸せであると痛感しています。
 
 ある年代以上の方々には御承知のこととは思いますが、「狂言」というのは以前は小学校や中学校の国語科の教材として取り上げられていました(私の中学1年次の教科書にも【雷】という狂言が取り上げられていました)が、一時全国的に一気に形を潜め、また数年前から再度「日本の伝統音楽」の学習という形に様を変えて、能楽・歌舞伎・文楽や、それに伴う囃子・長唄・清元・常磐津・義太夫あるいは三味線・箏・尺八・和太鼓・雅楽といったものが音楽科の教材として再認識されるようになり、公演・講座あるいは一日体験授業等で各種の教育現場に出向く機会が少しずつですが増えてきました。
 
 しかし実際の教育現場で目の当たりにするのは、衣食住をはじめ文化・風習を含めた生活様式の欧米化による伝統軽視の風潮の顕著さで、それは決して児童・生徒・学生に限ったことではなく、教鞭を執る指導者にまで波及している現実に愕然とします。実際『学校内で正座をさせると体罰になるのでさせられない』とか、『防災上の観点と霜焼けになる子を見掛けなくなったので童謡【たき火】は教えなくなった』というような下らない理由がまかり通る時代ですから、そんな中で伝統云々をテーマに指導するのは非常にやり難いことではあります。
 
 勿論、私の場合はたまたまこの世界に生を受けたお陰で、同世代の者と比べると多少蘊蓄に長けたところがあるのは否定出来ませんが、例えばトム・クルーズと渡辺謙の主演で話題となったハリウッド映画「ラストサムライ」や21世紀最初の世界万国博覧会として注目を浴び大成功を納めた「愛・地球博」の開会式への出演等、一般的な家庭環境では経験出来ないような大きな企画に携わることが出来たのは、自分自身の財産となったのみならず、ほんの一端ながらも日本文化を世界に発信するという意味では一助となったと思うので、そういった貴重な経験と恵まれた環境を大切にし、グローバル社会とかデジタル化といった単語が横行する現代に、時代錯誤・時流に逆行する世界に身を置いていることを、敢えて有効・有意義に活用するべく、親から子へ、また時代と時代、舞台と客席、欲を言えば日本と海外、これらの”鎹(かすがい)”となるべく、更なる精進・研鑽に努めていきたいと思っていますが、前述のように各種の教育現場で痛感するのは、同音でありながら全く立場が逆転する「教授」と「享受」の関係の構築と維持・保持の重要さであり、またその難しさです。
 
私自身が歩んできた20世紀末の30年と、多種多様な情報がボタン一つで自由勝手に手に入ってしまうようになった21世紀を歩んでゆく我が子のこれからの30年。保護者として指導者として、そして伝道師としての在り方の模索が、今の私の最重要課題であると思っています。
 
 
 
著者プロフィール
(S42) 能楽師狂言方 四世・野 村 小 三 郎 (野村 信行)
 
昭和46年 名古屋生まれ。十二世野村又三郎の嫡男。父に師事。
昭和51年 「靭猿」の小猿にて初舞台(4才)
昭和46年〜63年、NHK「中学生日記」にレギュラー出演。
昭和61年 「三番叟」披キ。(初演)
昭和63年 「那須語」披キ。
平成2年 南山高校卒業
平成3年 「釣狐」披キ(独立)。
平成5年 皇太子御成婚奉祝能(於・東宮御所)に参加。
平成6年 御前演奏(皇后主宰、於・皇居内桃華楽堂)に参加、
     東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業。
平成8年 「金岡」披キにて四世小三郎の名跡継承を披露
     第10回TARG賞(文化部門)受賞。
     東京芸術大学音楽学部別科邦楽修了。
平成9年 第18回松尾芸能賞新人賞(演劇部門)受賞。
平成12年 「花子」披キ。
平成13年 平成12年度名古屋市芸術祭審査員特別賞
平成14年 第17回パチンコ大衆文化福祉応援賞
平成16年 第20回芸術創造賞
平成17年 平成16年度名古屋市芸術祭賞
 
現在 (社)能楽協会名古屋支部常議員、和泉流職分会理事、
   (社)日本和裁士会理事、名古屋市青少年文化センター・アートピア検討委員、
   NHK名古屋文化センター講師、愛知県立芸術大学非常勤講師
 
ホームページ(狂言なのり座)
 http://www.sinfonia.or.jp/~manfan/nanoriza2.html

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