vol. 53 藤田 麻衣子(G39)「将棋に導かれて」 – Nanzan Tokiwakai Web
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2010年8月20日

vol. 53 藤田 麻衣子(G39)「将棋に導かれて」

「なかまで協力して、ライオンさんをつかまえてね」
「自分のちからで考えることが大事だよ」
 
 私は将棋の女流棋士をしています。
将棋をもっと多くの人に広めたい、そんな思いでイラストをデザインした「どうぶつしょうぎ」。下は保育園の3歳から、これまで将棋とは 縁のなかったおばあちゃんまで、沢山の方に伝えようと日々奔走しています。
 
 そもそも私自身、南山中学高校の6年間、将棋とは全く縁のない生 活をしていました。その頃描いていた夢は「理科系の研究者」。元々考えることが好きで、数学や物理が大好きでした。周りは英語が好きな子が多かったので、「どうして理数系に?」とよく友達に聞かれたものです。
 
 そんな時は心の中でこう答えていました。「だって知らない人とでも、世界中で同じ考え方を共有できるもの!」。
 
 元来一人っ子の寂しがり屋で、なおかつ人よりちょっと変わった趣味趣向を持つ私は、人と何かを共有することに普通以上の執着がありました。美味しいものを食べたら、家族や好きな人にも伝えたい、一緒に味 わいたい。感動する映画を見たら、一緒に感動したい。
 
 数学の素晴らしいところは、言葉を交わしたことのない人とでも、 理論を共有できること。難しい入試問題を解くたびに、「ああ私は今この問題を作った人の考えがわかったんだ!」という喜びを感じていました。
 
 ところが大学に入り、教科書の1ページ目から、何が書いてあるかわからない。
つまづいてしまった私は、そこで世界がストップ。他の人と共有するものが無くなってしまったんです。
 
 勉強に行き詰っていた大学3年の頃、偶然出会った将棋に救われました。将棋は一旦ルールさえ覚えてしまえば、あとは全て応用の世界。どんなに弱くても、強い人のやっていること、名人が何を目指しているのかが、弱いなりに味わうことができるんです。
 
 そして大事なのは、答えが一つじゃないこと。
同じ「勝つ」という正解に辿り着くために、自分で好きな道を描け るんです。
理科系の答えが一つしかない、という世界で苦しんでいた私は、文系のように表現の幅があるというところに、とても救いを感じました。勝っても負けても、自分らしさを描ける。まさに私が求めていたも のでした。
 
 そうして将棋に惹かれた私は、熱のおもむくままに女流棋士とな り、将棋の楽しさ、人と考えを共有することの喜びを、伝える毎日を送っています。はじめの頃は「大学を出てなぜ将棋の道に?」と随分驚かれました が、高校の頃に夢見ていたことを思い出すと、目指しているものは一貫していたんだなあと思います。
 
 冒頭に触れた、「どうぶつしょうぎ」という新しいゲーム。将棋がちょっと難しい方にも、親しめて、なおかつ奥が深く楽しいものです。ぜひ機 会がありましたら体験してみてください。
 
 
 最後に、高校時代、一番影響を受けた先生が、実は現在の西校長でした。
まだ赴任してきたばかりの西先生は、私たちも気安く話せる存在 で、たまにぶしつけな質問をしていたものです。ある日「イスラムやキリスト、いろんな神様の概念があるけど、一体何が本当なのよ?」と聞いたことがありました。
 
 そしたら西先生は、少し遠い目をしてからこう答えたんです。
 
 「この机は木で出来ている。木は炭素で出来ている。炭素は原子と分子で出来ている。じゃあ原子と分子は?……そんなように、物事には必ず原因がある。原因をさかのぼって、さかのぼって、もうこれ以上さかのぼれないところまで来たとき、それが神だ」と。
 
 宗教の先生から発せられたのは、なんという科学的な概念。
思ってもみない回答に、私は衝撃を受けました。そしてそれは、理屈が大好き、理数系の私にも、すーっと受け入れることのできる考え方でした。そう考えると、世の中のいろんなことがつじつまがあいます。
 
 将棋の世界でも、よく「将棋の神様」が、という言葉を話す人がいます。この世の中は、絶対に解明できることのない神様がいるから、人間は追求したり、知的好奇心を持って、楽しく夢を描けるのかも。
 
 そんなことを西先生の言葉を思い出すたびに考えます。
 
 
プロフィール
藤田 麻衣子 ふじた まいこ

1973.8.3 愛知県名古屋市生まれ。高校卒業まで瀬戸市・豊田市・みよし市などで過ごす。

1992.3 南山高校女子部卒業

1997.3 東京工業大学理学部化学科卒業

1997.10 将棋女流棋士としてプロデビュー

2010.3 トーナメントプロ引退

2010 ピエコデザイン(piecodesign)開業

2008年にイラストデザインを手がけた、「どうぶつしょうぎ」(幻冬舎エデュケーション)が累計17万部の大ヒット商品に。

現在は将棋を教える活動のほかに、読売新聞将棋観戦記など著述業やデザインなど多方面で将棋の普及に取り組んでいる。

2010.7月初めての公式ガイドブック「どうぶつしょうぎのほん」出版。装丁を手掛ける。

公式サイト:http://piecodesign.jp/

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