vol. 80 佐藤 晃子(G41)「絵を『読む』楽しみに目覚めて」 – Nanzan Tokiwakai Web
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2013年5月26日

vol. 80 佐藤 晃子(G41)「絵を『読む』楽しみに目覚めて」

「美術史」という学問があるのをご存知でしょうか。

 私は大学に入ってはじめて知り、その面白さに夢中になりました。たとえば、
美術館で何か絵を見たとします。「きれいな絵で好きだな」「これはよくわからない
な」など、私たちは色々な感想を持ちます。
 このように、絵を「好き・嫌い」という好みで見ることは大切なことです。しかし、
そこに何が描かれているのか詳しく読み解くことができたら、もっと面白くなると
思いませんか。このように美術史は、絵や彫刻といった美術作品について調べ、
研究する学問なのです。

 たとえば、今から数百年も前に描かれた絵を見る場合、現代に生きる私たちは、
その絵が描かれた当時の約束事を知りません。同じ時代の人なら見てすぐに理解できた
ことが、文化や宗教、生活環境がまるで違うために、私たちには読み解くことが難しく
なっているのです。
 ですから、残された絵について知るためには、まず何が描かれているのか、よく観察
しなければなりません。そして描いた人の名前が伝わっている場合は、本当にその
画家のものなのか残された資料から調べたり、その画家のほかの絵と見くらべるなど
して検討していきます。
 また、作者がわかったとしても、描かれた登場人物が何をしているのかわからない
など、絵に込められた意味が読み取れない場合もあります。そのようなケースでも、
同時代のほかの絵と比較するなどして、似た絵がないか探し、調査研究を重ねていくの
です。

 このように、残された絵について研究し、読み解いていく作業は、推理小説を読む
ように面白いものです。現代に伝えられた古い絵は、いってみれば、犯行現場に
残された物的証拠のようなものです。残されたものが何を意味しているのか、今と
なってはわからないかもしれませんが、よく調べてみると、そこには何か有力な
手がかりが眠っているかもしれないのです。

 たとえば、ゴッホの「ひまわり」をご存知の方も多いと思います。ゴッホは、
ひまわりの絵を複数描いており、日本の美術館にも所蔵されていますから、絵を
間近でご覧になった方もいらっしゃるでしょう。私も美術館で「ひまわり」を見た
ときに、力強く美しい絵だと思いましたが、美術史を学ぶようになり、少し見る目が
変わりました。

 まず、「ひまわり」を描いた当時のゴッホが、何をしていたのか注目してみま
しょう。ゴッホは、フランスのアルルに、「芸術村」を作りたいという夢を抱いて
いた人です。画家になる前に聖職者になりたかったゴッホは、修道士が修道院で
共に暮らすように、画家たちが一緒に住んで絵を描く理想郷を作りたいと考えて
いました。
 そんなゴッホが描いたのが、「ひまわり」の連作です。ゴッホは、画家たちを
迎えるアトリエを飾るために、何点ものひまわりの絵を描こうとしました。古来より、
ひまわりには、「愛」や「信仰心」といった意味があるので、ゴッホにとって
ひまわりは、自分がこれから作ろうとする芸術村を飾るのにふさわしい花だったの
です。
 しかし、ゴッホの夢は叶わず、じっさいにゴッホの元を訪れた画家はゴーギャンだけ
でした。そのゴーギャンとも仲違いをして、ゴッホが自身の耳を切り落とした逸話は
有名です。

 このように、ゴッホがひまわりの絵に込めた意味を知ることで、絵を見る目が少し
変わると思いませんか? ゴッホと同時代人のゴーギャンなら、ゴッホの思いを知る
ことができたでしょう。しかし、私たちには、少し調べなければわからないこともあり
ます。また、関連資料を読むだけでなく、ひまわりが描かれたほかの絵と見くらべる
ことでも、新たな発見があるかもしれません。たった1枚の絵からも、さまざまな
意味を読み解くことができるのです。

 私は、現在、このように美術史を簡単に解説する入門書を書いています。私が学生の
頃は、わかりやすい美術史の解説書はあまりありませんでしたが、今は西洋美術から
日本美術にいたるまで、すぐれた入門書が数多く出版されています。美術館で絵を
見るのが好きな方、美術史に興味をもたれた方は、一度、書店でご覧いただければ
幸いです。絵を見る楽しみが、もっと広がるかもしれません。

佐藤晃子 プロフィール

美術ライター
日本、西洋の絵画をやさしく紹介する入門書を執筆
明治学院大学文学部芸術学科卒業
学習院大学大学院人文科学研究科博士前期課程修了

著作
『この絵、どこがすごいの? 名画のひみつと鑑賞のルール』(新人物往来社)
『この絵、誰の絵?』(美術出版社)
『アイテムで読み解く西洋名画』 (山川出版社)

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